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Re:オコスクビジー

 投稿者:琉球松  投稿日:2017年11月29日(水)10時37分12秒
編集済
  しもじよしおさんへ

 「オコスクビジー」の画像を貼り付けてみました。
 石垣島白保あたりにも、こんな巨石がゴロゴロしてますね。相当強烈な津波だったのでしょう。
 この「オコスクビジー」は「瀬」から若干離れてますから「お腰くびれ石」とも考えられそうです。
 また、この規格外?の規模からすると「オ」は「大きい」との意でしょうか。
 
 

キドマリ集落調査報告

 投稿者:しもじよしお  投稿日:2017年11月28日(火)10時29分17秒
   下地島は今は定住者のいない全くの無人島ですが、昔は通り池の北辺りにキドマリという集落があったようです。このキドマリ集落の調査報告が琉球大学から出ています。興味のある方は、

「琉球大学学術リポジトリ」http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/20.500.12000/28835/1/TTFReporotp021.pdf

を開いてみてください。

cgu

 

オコスクビジー

 投稿者:しもじよしお  投稿日:2017年11月27日(月)23時24分0秒
編集済
   伊良部島の属島・下地島に明和の大津波で打ち上げられたといわれる大岩があります。方言名は「オコスクビジー」ですが、標準語での呼び名は「帯岩」です。この大岩は高さ14,5メートルばかりある近くの断崖を津波に押し上げられて現在地に移動したといわれています。海岸にはこの大岩が座していたと思われる窪みがあります。私は衛星写真でそれを確認しましたが、ドローンで撮影すればもっとはっきりすると思います。
 さて、「オコスクビジー」という名称はどういう意味でしょうか。またの名を「帯岩」と呼んでいることから帯と関係があることは間違いないようです。私は「オコスクビジー」を「お腰くびれ瀬」と解釈しています。腰がくびれたようになった岩礁というわけです。確かにこの大岩は海食によって腰の辺りがくびれています。
 写真を貼り付けたいのですが、うまくいくでしょうか。他に、佐和田の浜の津波石群、東平安名崎の津波石群も貼り付けてみようと思います。
 

cgu

 

秋ばんず

 投稿者:B.サラ  投稿日:2017年11月27日(月)20時00分51秒
  今晩は。
秋ばんず(秋真っ盛り)の関東です。
先週末、都内の銀杏は一気に色づきました。

あきかじん ふかい(秋風に吹かれて)街路樹の銀杏がシャワーの様に落ちて来ます。

道行く人々にハラハラと降り注ぐさまは、壮観です。

街路樹(銀杏)の定点観察です。1週間でこれだけ紅葉が進みました。
写真1枚目 11月19日撮影
写真2枚目 11月25日撮影
 

vol.400発行!

 投稿者:初美  投稿日:2017年11月21日(火)18時51分8秒
  こんばんは~。

vol.400 発行しました!
発行から遅い書き込みで申し訳ありません。
ここまでこれたこと、皆さんに心より感謝申し上げます。
まーんてぃ たんでぃがーたんでぃどー!!
ぷからすむぬ。
んなまからまい くまかもー たかさしい ふいさまちよー。
(これから、くまかまを ご愛顧くださいね)

ふくうさん
お陰様で400号です!
毎回の感想にたくさん励まされてきました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
宮古の魅力は本当にたくさんありますよね。
おっしゃるように佐和田の浜、渡口の浜、素晴らしい景色ですね。
与那覇湾もぜひご覧くださいね。
どうぞ、これからもよろしくお願いします。
すでぃかふー!

B.サラさん
つ、ついにです!笑
400号、感慨深いものがありますねー。
B.サラさんにはライターとしていつもお世話になりお陰様で400号となりました。
たんでぃがーたんでぃ!
宮古好きな方とたまたま隣り合わせになったとは。
なんだか、嬉しい偶然ですね!
500号まで4年2ケ月ですか!
還暦すぎてるーー。(笑)

琉球松さん
貴重な写真と動画の紹介、たんでぃがーたんでぃ!
徳之島や奄美にもクイチャーのような踊りがあることにびっくりですね。
輪になってみんなで踊る意味・・・何かあるのでしょうね。
宮古のクイチャー大会でゲストで出てもらうのも面白いかもですね。

しもじよしおさん
>民族の移動に北進説と南進説がありますが、二者択一ではなく、
 両方とも正しいのではないか
 ↑の考えに納得です。
 北からより先に、南からがあったような気がしますね。
 

Re:民族の移動

 投稿者:琉球松  投稿日:2017年11月20日(月)11時51分0秒
編集済
  しもじよしおさんへ

 北進説と南進説があるだろうことは同感です。
 南下(奈良県磯城郡から?)する場合、有視界航行で行けるのは沖縄島と久米島までですね。
 まずは北進して来た集団が八重山宮古島で定着し、その後多くの南下集団があったのでしょう。
 島尻などの「パーントゥ(パイヌピトゥ?=南の人)」の仮面は「南から」と伝承されていますし、宮古語の中には大和言葉や奄美沖縄だけでは解読できないものもありますね。

 以前にも紹介しましたが、ついでですので興味深い論文を。。。
 名護博(元瀬戸内大学沖縄文化研究センター)掲示板より抜粋
*** 東北アジアでは、日本列島にだけHTLV-1(白血病ウイルスの一種)が存在すること、またその中の亜型Aが琉球人とアイヌに特有であることなどから分かることは、琉球とアイヌの近縁性、とアイヌ民族と日本人の近縁性を示唆するものである。HTLVに関しての不思議の一つは、宮古島人にはほとんどHTLVキャリヤーがいないということであろう。しかし、私の歴史観から云えばこれは当然のことであり、宮古人の祖先たちは、おそらく4~10世紀のある時期に、畿内などの本州島中心部から政治的理由で南島に逃れてきた人々であるからと考えている。宮古の倭人(原日本語を話す人々)の歴史は沖縄奄美に比べると新らしい。しかし、彼らの志操は、原理主義と云っては大げさであろうが、彼らのオモイを守るという意志は極めて高い。
 

民族の移動

 投稿者:しもじよしお  投稿日:2017年11月19日(日)17時51分14秒
  琉球松さん、
 貴重な資料、ありがとうございます。おっしゃるようにこれはウスデ―クとクイチャーをミックスしたような踊りですね。YouTubeの動画も全編興味深く見ました。
 民族の移動に北進説と南進説がありますが、二者択一ではなく、両方とも正しいのではないか。ただ、移動の時期が異なるというだけの話ではないか、と私は考えております。つまり、縄文・弥生に先立つ遙かに古い時代に、先ず、北進する民族の移動があった。次いで、縄文人、続いて弥生人による南進があった。
 私はそう考えております。

cgu

 

Re:祝400号発行!

 投稿者:琉球松  投稿日:2017年11月18日(土)09時36分23秒
編集済
   400号ですか、これってスゴイですよ。

 琉球圏の民俗学や言語に興味を持つ者にとって、今この時代の島人の営みもまた民俗学の範囲ですね。
 沖縄島で生まれ育ったワンにとって宮古は、憧れと興味の対象です。
 また、なぜが懐かしさを感じさせる場所でもありますね。
 なぜ懐かしいのかよくわからないのですが、宮古人が島伝いに南下する際に奄美や沖縄に何かの足跡を残して来たのではないかと考えています。

画像は、徳之島井之川の夏目踊りと、古文書に描かれた奄美大島の八月踊り・・・宮古のクイチャーと沖縄のウスデークを合わせたって感じ。 あと、以下の徳之島の動画も面白いですよ『https://www.youtube.com/watch?v=UiAAfA_mBGw
 

祝400号発行!

 投稿者:B.サラ  投稿日:2017年11月18日(土)08時18分52秒
  おはようございます!
関東はぴしーぴしの朝です。

400号発行、おめでとうございます!!
初美さんの巻頭のメッセージ、"つ、ついに400号の発行となりました!"に継続して行くことの大変さを改めて感じます!
特集号、沢山の方の宮古島への想い、楽しく読ませて頂きました。
私の周りでも、宮古島知っているよとか、行ったよとか、声をかけてくる人が大勢います。
皆んな、宮古島が大好きで、もう一度行きたいとおっしゃいます。
先日も、とあるシンポジウムでたまたま隣り合わせた方が、もう30年も宮古島とお付き合いのある方でビックリ!
宮古島好きが高じて、別荘がわりに空き家を手に入れ暇さへあればいつでも行っているよと ぷからすきなり(嬉しそうに
)話していました。
次回の500号は、4年2ヶ月後の2022年1月かな。
ばやー(オイラは)70歳!おごえ!
 

vol.400

 投稿者:ふくう  投稿日:2017年11月16日(木)23時01分31秒
  400号発行おめでとうございます。私は2003年頃から読者になりました。16年を越えた事大変
嬉しく思います。宮古島の魅力はやはり方言ですね。文字に直すには大変ですが耳に心地良い
響きは和みます。又今回のライターの皆さんの好きな所の数々どれもこれも頷けますね。言葉、
文化、人との交流宮古島の生活そのものが一番の好きな所”宮古島魂”なんだなと思いました。
私もその魂に魅せられ宮古を思う一員となっています。佐和田の浜の干潮時の風景は何度見ても
見飽きる事は無いですね。渡口の浜の白い砂浜。まだまだ見ていない与那覇湾を見下ろす台地か
らの風景も素晴らしいですね。他にもまだ見ていない所がいっぱいあるので此れからは是非見て
見たいです。宮古島も池間島、来間島、伊良部島、下地島が橋で繋がりどの島も車で行ける様に
なり大変便利になりましたね。多良間や大神島も行って見たいと思っています。
そして満天の星空これは南の島独自の光景ですね。
此れからも末永く宜しくお願い致します。
 

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