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vol.400

 投稿者:ふくう  投稿日:2017年11月16日(木)23時01分31秒
  400号発行おめでとうございます。私は2003年頃から読者になりました。16年を越えた事大変
嬉しく思います。宮古島の魅力はやはり方言ですね。文字に直すには大変ですが耳に心地良い
響きは和みます。又今回のライターの皆さんの好きな所の数々どれもこれも頷けますね。言葉、
文化、人との交流宮古島の生活そのものが一番の好きな所”宮古島魂”なんだなと思いました。
私もその魂に魅せられ宮古を思う一員となっています。佐和田の浜の干潮時の風景は何度見ても
見飽きる事は無いですね。渡口の浜の白い砂浜。まだまだ見ていない与那覇湾を見下ろす台地か
らの風景も素晴らしいですね。他にもまだ見ていない所がいっぱいあるので此れからは是非見て
見たいです。宮古島も池間島、来間島、伊良部島、下地島が橋で繋がりどの島も車で行ける様に
なり大変便利になりましたね。多良間や大神島も行って見たいと思っています。
そして満天の星空これは南の島独自の光景ですね。
此れからも末永く宜しくお願い致します。
 
 

「ンミャーチ」の語源考

 投稿者:しもじよしお  投稿日:2017年11月15日(水)22時16分6秒
編集済
   標準語で言う「いらっしゃい」を沖縄本島方言では「めんそーれ」と言います。これを宮古口では「ンミャーチ」と言います。「いらっしゃい」や「めんそーれ」とは似ても似つかない語形ですが、「ンミャーチ」は大和口とは全く関係のないことばでしょうか。
 私は宮古口の「ンミャーチ」は古い大和口の「見舞い」と無関係ではないと考えています。「見舞い」は現代日本語では尊敬の接頭辞「お」を付けて「お見舞い」という挨拶ことばになります。動詞は「見舞う」です。見舞う行為の対象(目的語)は病人であったり、不幸な目にあった人です。
 ところが、昔はこの動詞の目的語にそのような制限はなく、見舞う対象は何であっても構わなかった。「見舞う」には「巡視する、訪れる」の意味があったのです。
 では、宮古の「ンミャーチ」はどう大和口の「見舞い」や「見舞う」に関係しているのでしょうか。
 「ンミャーチ」は「ンミャマチ」ともいい(上地方言)、この方が古い形を残していると思われます。すると「ンミャーチ」は、
    ミマサマチ>ンミャサマチ>ンミャマチ>ンミャーチ
と変化した蓋然性が非常に高い。「マチ」は現代日本語にもある「ます」の命令形「ませ、まし」に対応するものと思われます。
 すると、「ンミャーチ」は「見舞さませ」のような表現から派生したれっきとした日本語だったことが分かります。
 なお、「お出でになる」、「お見えになる」は宮古口では「ンミャイドゥス」、あるいは、もっと丁寧に「ンミャイドゥサマズ」です。古い大和口に直訳すると、「お見舞いぞする(される)」でしょうか。

cgu

 

vol.399発行!

 投稿者:初美  投稿日:2017年11月12日(日)22時24分3秒
  こんばんは!
11月もアッという間に2週間が過ぎようとしていますね。
皆さん、がんづぅかり うらまずなー(お元気ですかー)?

もう10日も経ってしまいましたが、
vol.399発行しました!
ゆみふぃーたーびゃーやー(読んでいただけましたか)?
次号は、いよいよ400号!!!
ここまで来れるとは、本当に皆さんに感謝です。
たんでぃがーたんでぃ~~。
400号では「宮古の好きなところ」を特集します!
いろいろな原稿が届いていますよ。
どうぞ、お楽しみに!

まさおさん
あすなろさんの研究の深さ、素晴らしいですよね。
まさおさんのあすなろさんへの想いが伝わってきました。
これからも、どうぞお気軽に書き込みしてくださいね。
まちうんどー(お待ちしています)!

あすなろさん
まさおさんの書き込み、ぷからすむぬやー。
同級生の応援は、何よりですよね。
次回のお話し、楽しみにしていますね!

ふくうさん
今回も早速の感想をたんでぃがーたんでぃ~。
返信が遅くなり申し訳ありません。
ふくうさんのところでも、松脂を使っていたんですね。
やぐら炬燵、風情がありますね。
宮古民謡は対句になっているのが多いので
リズミカルに読めるのかもしれませんね。
Rさんのこれまでの経験値は、きっとすごいものがありますね。
いつでもどこでもRさんらしく頑張ることでしょうね。
今回もご丁寧な感想をありがとうございました!

武島玄正さん
気温は10度を下回っているんですね。
ストーブ大活躍でしょうね。
多良間の黒砂糖は有名ですよね。
宮古出身というとなおさらうれしくなりますね。

琉球松さん
多良間の黒糖は、黒糖焼酎にも使われているんですね。
満月を見ながらのお酒は、んまーんまだった(美味しかった)ことでしょうね。
 

Re:多良間砂糖

 投稿者:琉球松  投稿日:2017年11月 4日(土)16時34分43秒
編集済
   多良間島産の黒糖は微妙な塩気があるらしく、一部の黒糖焼酎の原料になってるようです。
 塩分がどう作用するのか見当もつきませんが、今夜の満月で奄美の酒を一杯といきましょうかね。

画像は、多良間島産黒糖を原料とした奄美黒糖焼酎「龍宮」
 

多良間砂糖

 投稿者:武島玄正  投稿日:2017年11月 4日(土)09時41分14秒
編集済
  信州伊那盆地 8度 曇り 柿の葉がはらはら落ちている。

西の中央アルプスのカラマツは黄色く色づいているが近くの河岸段丘のカラマツは
まだ紅葉(黄葉)していない。

渋柿
うちにある甘がきは全部とって食べている。
友人に渋柿をもらって皮をむいてつるして干し始めた。

銀杏(ぎんなん)
近くの小学校の庭の隅にイチョウの実が落ちた。ウンチの臭いがするし
かぶれる人もいてあまり拾う人がいない。
ワイフもかぶれる方ではないし自然のもので口に入るものは拾うほうなので
拾って肥料袋に入れカフツ(菜園)の隅に埋めて腐らせて果肉をはずして
実を取り出し洗って干して、封筒に入れてオーブンで暖めてルビー色の銀杏を
口に入れる。

多良間砂糖
3年前パイナガマの近くにあるホテルに泊まった。
みやげ物売り場が整備されて地元の特産物などが並び包装して送れるようになって
いて多良間砂糖をそこで買った。
お使い物に適当なのでじきになくなってしまった。

入れ物の袋に「黒砂糖垣之花本舗」とあった。
浦添市宮城に会社があるらしい。『垣花」と描いて垣之花と発音している。
責任者は宮古島市生まれとあり嬉しくなった。
電話番号もあるので電話し3度ばかり注文して手に入れている。

沖縄4区
宮古で保守の票が8000票あり基地拡大に反対する「オール沖縄」が
負けて残念に思う。

岩波「世界」11
特集①北朝鮮危機ー解決策は対話しかない
  ②誰のための働き方改革?

10,22 総選挙 壊れる政治
 

すみませんでした

 投稿者:まさお  投稿日:2017年11月 3日(金)00時24分53秒
  すみませんでした。
「くまから かまから」に個人的な事、政治的なこと等書くべきではありません。
人それぞれいろいろな考えや信条があるのだから。
楽しいこと、宮古島的なことを書くべきですね。
ついつい、感情のおもむくままに書いてしまいました。
6月の帰省の折に見た、パイナガマもトリバーも大きく変わり、城辺街道や下地街道の様変わりにびっくりしています。
市外に行かないと宮古そばも食べられないし。
昔昔、子ども達はサシバ(鷹)を捕りに山に分け入った事。鷹にヒモと重りをつけて飛ばして遊んでいたこと、そして最後は重要なタンパク源としてジュウシイにして美味しく食べたこと。さらに昔は北の空から南の空までいっぱいに黒い帯となって飛んでいたこと(親の話)
その頃は馬肉もよく市場で売られ、美味しかった。それは駅馬車がトラックやバスなどの文明の利器に変わっていく時期だったこと。
昔は宮古からは全琉でもトップクラスのディキチャーが沢山いました。那覇高・首里高にも勝っていました。
それは私の個人的な考えですが、戦後の沖縄は唯一の地上戦があり、沢山の人が亡くなり、島は全て焼け野が原で、その復興で大変だったと思います。勉強する、できる環境が沖縄本島にはなかったと思います。だから、あの時代宮古島は全琉模試でもトップで、宮古は秀才が多いと言われていたのだろうと思います。
勝手なことをいろいろ書いて
すみませんでした。


 

vol.399

 投稿者:ふくう  投稿日:2017年11月 2日(木)20時01分31秒
  「とぅびゃす」           松谷初美(下地・高千穂出身)さん
松脂の塊ともし火からの派生でとぅびゃす。ライターなど無かった頃火を起こすのは大変な事
だったと思います。私が産まれた頃はマッチがあり簡単に火を起こす事が出来ましたがその前
の時代は火打石で火を熾していた。そのときの着火材として松脂の塊を使っていた。生活には
欠かせない貴重な材料だった。と母から聞いたように思います。松明の字からして松の木の明
かりですね。松の木の葉っぱや枝はとても燃えやすい木ですね。夜の漁の明かりとして松明を
使っていた。今では電灯その前はカンテラというランプを使っていましたね。火熾しの歴史も
色々な変遷が有るのですね。今はライターもしくはIHと呼ばれる電力やガスなど直接火を見る
事は限られています。昔のコタツはやぐらコタツで囲炉裏の熾きにコタツを掛けていました。
時代毎に生活スタイルも変化していますね。

◇あの話をもう一度
「『古見の主』 どぅかってぃ解説」vol.162 2007/12/20
                   マツカニ(上野・高田出身)さん
くんぬしゅうの物語宮古島4島の領主を歌っているとの事。歌の方言の響きが大変リズミカル
に読めますね。文字を読んでいるだけで音楽を感じます。日本語の文字だけで音楽を感じる言
葉は地方の方言などに時々感じますね。特に宮古方言には音楽性を感じますね。宮古島民謡全
般に言える事と思います。この歌の主旨はくんぬしゅうを讃え島民の平和を願った歌と思いま
す。37番まで続くとの事12番までの所では海亀が食料になる所をくんぬしゅうの奥様に助
られる所までのを歌っているとの事此処から更に物語りは37番まで繋がるとの事。この亀が
恩に報いる為にくんぬしゅうの航海の時にはいつも舟に付き添って航海を安全に導いた。宮古
島の歴史を物語る歌なのですね。

「オワリはじまり」             R(平良・西里出身)さん
御両親が亡くなられて自分が問題が発生したら逃げていた事を解からされた。どこかで御両親
がフォローをしていてくれたとの事かと思われます。親の大切さは亡くならなければ解からな
事かもしれませんね。自分も同じように感じた事が有りました。孝行したいときには親は無し
の事も有りました。でそれをきっかけに解からない事から逃げる事なく多くを学ぶ事が出来る
ようになったとの事。衣食住を見直し体作りに取り組むようになった事は大変な進歩ですね。
死は終わりではなく始まりだとの言葉が時間出来るようになった事は喜ばしい事ですね。
更には御自身の仕事の定年の節目にもなり此れからの新しい門出となるのですね。今までの蓄
積された経験値は計り知れないほど在るのですからこれからの人生が楽しみですね。

今回もありがとうございました
 

こちらこそありがとう

 投稿者:あすなろ  投稿日:2017年10月25日(水)18時37分49秒
   高校の社会科の教師だったまさお君に「稲垣国三郎」の事を深く知ってもらって嬉しいかぎり
こちらこそありがとう!

『琉球小話』(稲垣国三郎著)の「白い煙・黒い煙」は昔に読んでいた事を知り、流石だと思いました。

 恥ずかしい話、私が「彼」の事を知ったのは3年前。東京で、宮国優子さんに「稲垣国三郎さんを知ってますか?」と問われたのが始まり。全く知りませんでした。

 「彼」の「先行研究」が皆無に近いので、色々調べて後輩たちに残したいと思います。

来年の10月の拝眉を楽しみにしています。それまで、お互いにガンズウシウラヤ―!
 

ありがとう

 投稿者:まさお  投稿日:2017年10月24日(火)22時01分23秒
  今年10月、20数年ぶりのあすなろ君との出会い。愛知県からはるばると「安城一番福たこ」を手土産に、わが家を訪ねてくれました。非常に美味しかった。ありがとう。
私も30数年前に愛知県の彼の家を訪ねている。彼に聞かされ、驚き、思いだした始末である。齢70歳を過ぎ、順調に進んでいるようである。
既に学者の領域に入ったと思われる彼の話や発表に新しい発見をしてびっくりして心洗われる思いである。ありがとう。
私の大学の専門は地理・歴史なのにその事は遠い昔の事となり、毎日を楽しく生きる事に専念している。恥ずかしい。かな
宮古島には自衛隊基地、ミサイル配備、射撃練習所、弾薬庫の設置等々が予定されている。先日の新聞によるとチヨダのゴルフ場はすでに地権者との契約が終了。後は基地建設を待つのみである。
彼等はそこに基地があると、真っ先に攻撃される事を理解しているのだろうか。
近い将来、琉球列島の与那国島・八重山諸島・宮古諸島・沖縄本島は基地だらけとなり、日本政府の目論む琉球列島不沈空母化は現実化のものとなっている。
昔、当たり前で何も感じなかった宮古島の白い砂浜、青い海は大人になって、本当に素晴らしい。その美しさに感動する。未来永劫残って欲しい。
 

vol.398発行!

 投稿者:初美  投稿日:2017年10月21日(土)17時35分56秒
  こんにちは~。
台風21号は宮古から離れていますが、影響を受けて つぅーつぅの(強い)風が
吹いています。超大型の台風とのこと。進路にあたる地域はどうぞお気を付けくださいね。

vol.498発行しました!
ゆみふぃーさまちよ~。
感想もよろしくお願いしますね。


琉球松さん
>宮古の「イラフチャ」と奄美の「エラブチ」、沖縄の「イラブチャー」の中に伊良部と
 沖永良部の要素ありかもしれません。
 ↑確かに関係ある気がします。

武島玄正さん
お久しぶりです。
もう薪ストーブを出しているんですね。
いただいたシュウメイギクは、東京の家で元気の育っています。
白い花、いいですよね。

ふくうさん
早々の感想、たんでぃがーたんでぃ~~。
伊良部のサシバのモニュメント有名ですね~。
栃木県市貝町にゴルフで行かれるんですね!
ぜひ、地元の方に訊いてみてくださいね。
クイチャーマンさんのお話し、「クイチャー」のことがよく分かりますよね。
ぶんみゃーで踊りましたね~。
あすなろさんの稲垣国三郎さんとの繋がり、次々と出てきて
今後の展開が楽しみですね。
今回もご丁寧な感想をありがとうございました!
 

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