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vol.404 発行!

 投稿者:初美  投稿日:2018年 1月22日(月)20時43分30秒
  こんばんは~。
関東は、だいず雪が降っているようですね。
明日の朝の凍結も しわ(心配)。
どうぞ、お気を付けくださいね。

vol.404を発行してから4日も経ってしまいましたが、
ゆみふぃーたーびゃーやー(読んでいただけましたか)?
感想もぜひお願いしますね。

訂正があります。

マツカニさんの「『宮古豊年音頭』どぅかってぃ解説」の中で
一番の歌詞の
花咲く島一面に(ササユイサッサイ)部分の前に
「キビの」がはいります。
大変申し訳ありませんでした。

あすなろさん
vol.403でもお世話になりました。
不明な時期のことも判明していきそうですね。
あすなろさんの「稲垣国三郎」の調査、研究のおかげで
いろいろなことを知ることができています。
今後のお話しも楽しみにしていますね。

B.サラさん
BABYMETALのバックバンドのメンバーの方が
若くて亡くなられたとのこと。びっくりですね。
宮古は、どうりゃーにゃーん寒さからひと段落して
暖かい日が続いていましたが、きょうは午後からまた少し冷えてきました。

ふくうさん
早々の感想、たんでぃがーたんでぃ~~。
成人式も時代とともにいろいろなことがありますね。
今年の着物を着れなかった成人の皆さんは、本当にかわいそうでした。
マツカニさんの解説は分かりやすいですよね。
今度ふくうさんが宮古にいらした時、マツカニさんの歌聴けるといいですね。
介護の仕事は、大変ですよね。
あば本舗さんが勤めているところは本当に楽しそうなのが伝わってきましたね。
今回もご丁寧な感想をありがとうございました!
 
 

vol.404

 投稿者:ふくう  投稿日:2018年 1月18日(木)21時07分17秒
  「成人式」               キムキム(平良・西里出身)さん
成人の日に目立ちたい気持ちは何となく解かるがそこまではやる事は無いだろうの気持ちですね
でも式の会場で暴れるのはまったく支持できませんね。子供が暴れるそのままのように大人にな
りたくはないの意思表示に見えますね。方や勤労学生の成人式人に迷惑を掛けるのはほんの一部
とは思いますが暴走行為は止めて欲しいですね。マスコミは派手な所しかニュースで流さないの
でまじめな面も報道して欲しいですね。袴羽織でごみ拾いする姿は大変美しい姿ですね。自分が
成人の日はもう働いていたのですが成人式にはでませんでした。今思えば参加しておけば良かっ
たと思います。今年の事件は着物やさんの倒産は悲惨でした。逃げ回るとは人として失格ですね
将来を夢見る成人の人に大変ひどい仕打ちですね。社会的に解決して欲しいですね。

◇あの話をもう一度
「『宮古豊年音頭』どぅかってぃ解説」vol.283 2013/1/3
                  マツカニ(上野・高田出身)さん
宮古民謡の美しさはマツカニさんから教わったのでした。宮古島の風景や文化を歌によって語り
継がれていく。人々が集うと歌と踊りで和やかに時を過ごす事はとても大事な事ですね。自然の
恵みにより豊作となる事を祈り動植物を眺め人々の暮らしの豊かさを祈る。自然との調和を第一
にする事を教えられますね。哲学でもあるのですね。歌の中でも民謡は特にその地域の文化を知
る要素になりますね。人々の思いを集った人々で共有できるのは民謡と踊りが一番ですね。また
機会があったら直に聞きたいですね。

『ぷからす(嬉しい)老後』       あば本舗(下地・上地出身)さん
介護の仕事は本当に大変な仕事と思います。体力的にも精神面もかなりきついのではないかと思
います。でも介護者さんから慰めてもらえるほど溶け込んでいらっしゃるのですからその心配は
いらないかも知れませんね。やはりコミニュケーションが大事なのですね。嬉しそうに皆を笑わ
せる。自分が楽しいと人も楽しい。大変重要な言葉ですね。コミュニケーション能力の基礎かも
知れませんね。自宅よりここが楽しいと利用者さんから言われる事は何事にも変えがたいですね
自分ももうすぐ65歳となり介護される日が来るかも知れない年になり大変心に刺さる御話です。

今回もありがとうございました
 

Ogoe!

 投稿者:B.サラ  投稿日:2018年 1月18日(木)18時51分39秒
  こんばんは~。
皆さんお元気ですか?
2018年戸惑いながらもなんとか
スタートを切りました。

最近びっくりしたことが2つほどあります。
一つは先週九州地方を襲った寒波の影響で沖縄方面の
最低気温も軒並み10度を下回ったとのニュース。
今日配信された「くまかまvol.404」の初美さんの
編集後記にも
>先週は、宮古も どうりゃー にゃーん(道理のない)
ぴしさで くぱ りて(寒さで固まって)いました。
海では寒さで魚が浮いていたようです。

との報告が載っています。
最低気温が一桁代の天気予報の画面をみて ふーりて
(震えて)しましました。

もう一つは、超個人的なニュースで申し訳ないですが、
BABYMETALのバックバンドのメンバーの一人が
36歳の若さで急逝したニュース。
バックバンド(通称神バンド)のギタリストでその超絶
演奏技術は国内外で高い評価を受けていただけに残念で
なりません。

以上近況報告でした!
vol.404の感想は後ほど!
 

「稲垣国三郎レポート」余滴

 投稿者:あすなろ  投稿日:2018年 1月 8日(月)12時57分32秒
   遅ればせながら、「くま・かま」読者の皆さん明けましておめでとう御座います。
今年も宜しくお願い申し上げます。
 B・サラさん、ふくうさん感想タンディガー、タンディ。
東京での「神童さんを囲む会」以来、ご無沙汰致しております。
 B・サラさんのおじい様も間違いなく「彼」とお会いしていると思います。

「彼」に関する新発見が二点ありますのでご報告いたします。

? 「彼」の本名が高等小学校4年の途中まで「国郎」であった事が判明しました。
  「沖縄県立博物館」に寄贈された196点(寄贈品目録・登記番号9261)の中にありました。
  「博物館」の事務局の勝連女史の指摘でで判明、彼女には大変感謝しております。

? 師範学校の入受験格は高等小学校卒業程度で17歳~20歳。
  ほとんどの人が1~2年、何らかの仕事に従事します。
  「彼」の経歴も不明でしたが、この事も、「博物館」の(寄贈品目録・登記番号9245)で
  判明しました。准教員免許を高等小学校4年の在学中に取得しています。
  教員をしながら受験に備えた訳です。どこの学校かは分かっていません。
  私の仮説ですが、母校の「桜井尋常小学校」が有力です。天野先生(元安城歴史博物館長)
  も桜井小学校で教鞭を執られていましたので、近々先生とご一緒に調査に入りたいと思っています。


  
 

vol. 403 発行!

 投稿者:初美  投稿日:2018年 1月 8日(月)10時08分28秒
  こんにちは~。
お正月は、ぞうわーつき(良い天気)でしたが
ここ数日、雨が降ったりやんだりとしています。
あちこちでキビ倒しの風景が見られますが、
この時季は、雨が多いんですよね。

vol.403 ゆみふぃーたーびゃーやー(読んでいただけましたか)?
感想もぜひお寄せくださいね。

B.サラさん
感想、たんでぃがーたんでぃ~~。
稲垣国三郎さんのお話し、宮古との関わりが具体的になってきましたね。
なんと、B.サラさんのおじいさんもその頃代用教員をされていたとは。
もしかしたら、国三郎さんとお会いしていたかもしれませんね。
ぷからすの語源、納得ですよね~。
まーんてぃ、おっしゃるように「宮古方言は生きた化石」だと思います。
たちょうをして、方言でおじい、おばあに話しかけている自分に
自分で驚くことがありますが(笑)
私も子どもの頃からおばあたちの声が耳に残っているのだなーと感じます。

ふくうさん
明けましておめでとうございます!
感想、たんでぃがーたんでぃ~~。
稲垣三郎さんの久松五勇士との関わり、びっくりですね。
「遅かりし1時間」がなかれば、もしかしたら宮古の人たちにも広まらなかった
かもしれませんね。
ぷからすの語源、「火熾きの歓喜」から昔の暮らしや今につながることまで
分かりますね~。語源を知ることの大切さも改めて思いますね。
たちょうをするときにの言葉を声に出して言うことは最初ためらいましたが
慣れると気持ちが落ち着きます。
今回もご丁寧な感想をありがとうございました。
今年もよろしくお願いします!

林本さん
明けましておめでとうございます!
「第1回宮古島文学賞」にご応募くださったんですね。
たんでぃがーたんでぃ~~。
今年もありますので、またぜひご応募ください。
詳細が決まりましたら、お知らせしますね。
今年もよろしくお願いします!


キビ倒しが始まりました。
 

参加しただけで終わりました~

 投稿者:林本  投稿日:2018年 1月 6日(土)01時12分53秒
  ご無沙汰しております。林本です。

こちらで教えていただいた宮古島文学賞、参加しただけで終わりました~。一次も通らず。残念残念。

でも、書いてる時はすっごく楽しかったので、久々に長い文章(短編なんですけど、いつも書いてる原稿はもっと短い文章なので)書けてよかったです!

ありがとうございました! あ、たんでぃがーたんでぃ!

 

vol.403

 投稿者:ふくう  投稿日:2018年 1月 4日(木)19時59分50秒
  あけまして おめでとうございます
今年も宜しくお願い致します

vol403
「稲垣国三郎レポート(VOL4)」
                あすなろ(平良・東仲宗根出身)さん
広島から沖縄へ大正6年1月31日広島をでて2月4日鹿児島を出航2月6日に沖縄へ到着。先生の転勤
大移動だったのですね。愛知生まれで広島へ赴任し沖縄へ転勤移動も舟海も冬の荒れた海の航海
は不安との戦いだったのですね。飛行機がない時代移動手段は舟のみ現代の舟とは違い当時の舟
の装備では海が荒れたら避難し天候が回復するまで待つしかなかったのだと思います。沖縄で5
年間の勤務その間に名護から本土へ就職する娘を見送った夫婦のエッセイ白い煙と黒い煙大正7
年に発表されたのですね。同年の12月宮古、城辺での公演の為へ始めて上陸し移動は宮古馬に跨
り城辺まで今の時代では想像も出来ないですね。久松五勇士を広めたのはこの年に久松を見学し
勇士の家族が何も恩恵を受けていないがきっかけで遅かりし一時間の事を文章にしそれが広まっ
たとの事宮古島が世間に知られるきっかけを作って下さったのですね。

◇あの話をもう一度
「『火熾きの歓喜(よろこび)』の話」vol.301 2013/10/3
                   菜の花(伊良部・仲地出身)さん
ぼからすむぬは火を熾せた喜びから出来た言葉。火のない時代火を手に入れられる事が何事より
大事だった。明かりと温もり生活には欠かせない大切なものですね。焚き火の炎を見ているとあ
きないですね。炎が変化して揺らぎ移ろいを見ているのはなぜか楽しい気持ちになるのは原始時
代からの人としての名残なのかも知れませんね。火をほと発音する文献古事記や日本書紀にもあ
るとの事。宮古ふつは人類最初の言葉と繋がっているとの説ひさぼうさんも言ってましたね。
蛍の事も伊良部ではヨームホ(夜の標火)やはり古語が起源となっているのかも知れませんね
宮古の方言は原始の時代に繋がっている。生きた上代の化石・日本国の宝物との表現大変重みの
ある言葉ですね。原始から未来へ確実に繋いで行って欲しいですね。

「かぎ そうがつ(良い正月)」    松谷初美(下地・高千穂出身)さん
たちょうに御茶をお供えするときの言葉を方言で話し手を合わせているとの事確かに神様への
報告は方言じゃないと届かないような気がしますね。みゃーくふつで報告できる事は大変に素晴ら
い事ですね。世界遺産の文化の登録など世の中の見方も各地の文化の継承が注目されているのも
地方文化への憧れを皆が思っているからだと思いますね。神様へのお願いも方言で行う事が出来
る事は大変意義の在る事ですね。マスコミによる影響で方言を知らない子供たちが増えてしまう
のはなんとしてでも喰い止めないといけないですね。心からの言葉を方言で伝える事が出来れば
最高ですね。そして代々受け継がれて行ける様祈ります。

今回もありがとうございました
 

「くま・かま」新年第1号

 投稿者:B.サラ  投稿日:2018年 1月 4日(木)15時01分9秒
編集済
  こんにちは。
今日から仕事始めという方も多いと思います。
「くま・かま」も仕事始めならぬ本年第1号が届きました。

「稲垣国三郎レポート(VOL4)」 あすなろさん
国三郎の宮古訪問の話、興味深く読ませていただきました。
3回も訪れているんですね。
今は飛行機がありますが、天候任せの船旅は大変だっと思います。
本土渡航に客船を利用したのはB.サラの世代がぎりぎり最後だと思いますが、
奄美大島近海を通過するときはかなり荒れたのを覚えています。
西城小学校の講演で何を話されたか興味ありますね。
大正7年と言えば、B.サラの祖父が代用教員として城辺の小学校(多分、西城小学校)で働いていた頃と重なるので、
もしかしたら当時、国三郎さんの講演を聞いているかもしれませんね。
これからも、稲垣国三郎レポート楽しみにしています。

◇あの話をもう一度
「『火熾きの歓喜(よろこび)』の話」 菜の花さん

ぽからす の語源を辿ると 火(ほ)に繋がる。
平良、城辺では ぷからす と変化するが、ぷむき°(火熾き(ひおき))などはまさしく
炭火の様に内に熱がこもり身体が火照るさまをいうので、「火(ほ)」=「ぷ」である。
>宮古方言と遥か遠い原始の時代が繋がって、過去から現在まで、それは途絶えることなく続いていることを感じた。
ほんとに、宮古方言は生きた化石ですね。

「かぎ そうがつ(良い正月)」 初美さん
たちょうの言葉、いいですね。
昔は、あちこちで、この祈りの言葉が聞こえました。
それは、神様への報告であったり、神様との会話だったのでしょうね。
幼かったB.サラには、この呟きのトーンは耳にとても心地よく気持ちが安らぎました。
久しぶりに、幼いころのあの感覚が蘇ってきました。
 

正月2日

 投稿者:初美  投稿日:2018年 1月 2日(火)21時24分25秒
  正月2日。
きょうも、ぞうわーつき(良い天気)で穏やかな一日でした。
与那覇湾の鳥たちに魅了されている私。(笑)
いつもは沖縄製糖工場の咲田橋の近くから見るのですが
きょうは、川満の前の海に行きました。
それから、与那覇の長崎にも。(ここからの眺めは最高です)
千鳥やシギの仲間がたくさんいました。
鳥たちは、湾の南側よりも北側にどちらかというといますね。
たぶん北風がさえぎられるのと、湧水が陸のほうからあるので
餌となるものがそのあたりが多いのかもしれないですね。
アオサも見えてきて春は近くにきていることを感じました。
写真を載せますね。


B.サラさん
明けましておめでとうござます。
昨年もたくさんお世話になり、たんでぃがーたんでぃでした!
今年もどうぞよろしくお願いしますね。
写真、たんでぃがーたんでぃ~~。
神田明神は今年もたくさんの人出ですね。
健康で、笑顔の多い一年でありますように!


 

謹賀新年2

 投稿者:B.サラ  投稿日:2018年 1月 2日(火)08時20分13秒
編集済
  初美さん、くまかまの皆さん、
明けまして御目出度う御座います。
昨年は大変お世話になりました。
今年もよろしくお願いします。

関東は穏やかなお正月です。
昨日は、お昼から神田明神へ初詣に行きました。
大変な賑わいで、お賽銭箱へ辿り着くまで大変でした。
今年1年の家内安全と健康を祈願し何年かぶりに、破魔矢を買いました。
破魔矢に吊るされた鈴の音を聞きながら帰って来ました。

今年1年、皆さまが健康と沢山の福に恵まれますようお祈りします。

 

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